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♪ お前だけが
「 風邪でしょう 」
医者であるところの父が、落ち着いた声で言った。
『 どうもありがとうございました 』
交際3ヶ月目の彼女が、ホッとした声で答えている。
「 薬、そのうち効いてくるから 」 と、父。
『 わかりました 』 と、彼女。
「 温かくしていれば、2~3日で元気になるよ 」
目くばせする父。
『 本当に どうもありがとうございます 』
女房のような挨拶をしている彼女。
「 こいつは昔っから ヒ弱でね...。 頭はイイんだがなぁ・・・』
医者と親馬鹿がクロスする。
「 ええ、本当に...。 」
交際3ヶ月目が、所有権をさり気なく誇示した。
・・・ ボクは
・・・ ボクといえば
体温計を口にくわえたまま、この ある種 奇妙な
医者であるところの父と、 交際3ヶ月目の彼女との会話を
テニスの試合でも観るように 目だけで追っていた。
「 お嬢さんは、初めて見る顔だね ? 」
こちらを半分見ながら 父が尋ねた。
『 はじめまして、美津子です ! 』
きっぱりとした、明るく張りのある挨拶だった。
当時 ボクは、敷地内に在る 『 離れ(はなれ)』に住んでいた。
『離れ(はなれ)』 といっても 部屋が3つ在り、
縁側やキッチンの付いた 立派なものだった。
部屋の一つは バンドを組んでいるボクのために
防音設計のスタジオに成っていて、ボクの自慢だった。
『離れ(はなれ)』 は、" 大学の入学祝い " という名目で、
父にねだって 建ててもらったものだ。
彼女は、この『離れ(はなれ)』 に仲間たちと何度か 遊びに来ていたが、
ひとりで来るのも、ボクの家族に会うのも、今日が初めてだった。
正月から10日間程サイパンで遊び呆けていたボクは、
昨日の大雪で 不覚にも 高熱を出してしまった。
母屋に連絡する気力もないまま 断片的で歪んだ夢に襲われながら
一晩中 ボクは うなされていた。
そんな事を何も知らない -
後期試験のノートとフランスパンを かかえた彼女が
ボクの『 第一発見者 』になった。
彼女は、母屋へ 飛んで行った。
白衣のままやって来た父が、ボクを一通り診てから言った。
「 風邪でしょう 」
『 どうも ありがとうございました 』 と、
彼女は、 医者である父に 礼を述べた。
・・・ " 変なやりとりだな?! " ・・・
と、三人が それぞれに思ったが、この珍妙な会話は続いた・・・
3日後、彼女の献身的な看護と 偉大な医師の処方箋とによって
ボクは すっかり元気になっていた。
3ヶ月で 美津子は、父のお気に入りに成っていた。
ボクたちの交際も家族ぐるみで深まり、
...3年後、
ボクは、
ボクたちの" 披露宴 "で
彼女のために ギターをかかえて唄っていた
♪ たとえ この世界で 一番きれいな人が
僕を 好きだと言っても
たとえ この宇宙で 一番きれいな星を
僕に くれると言っても
... 僕は 何もいらない ・・・
お前だけが... お前だけが...
お前だけが いてくれたら ... それでいい ...
お前の優しい笑顔が そこにあれば...
それでいいのさ ♪
「 ねぇ パパ... パパって昔、パーマかけてたの? 」
上の子が、テレビの中で歌っているボクを見て 振り返る。
「 ママって、お嫁さんしてたの? 」
下の子も 負けてない。
『 七年経ってるけど...、 パパとママは、いつも同じだろう? 』
子供たちを両腕に抱きかかえて、ボクが威張った。
「 違うよ! 」
下の子が 真剣なまなざしで答えた
「 パパ 今、 風邪 ひいてるモン! 」
ティッシュペーパーを鼻にあてて、目だけでボクが 笑った。
「 それに・・・ 」
上の子が 続けた
「 ママのお腹、大きいもの... !」
少し照れながら 上の子が おどけた。
8ヶ月のお腹の上で編み物をしていた美津子が、手を止めて微笑んだ。
... 夕食のあとの小さな団らんだった ...
静かに 雪の降り続く 『離れ(はなれ)』 のキッチンで
ボクはギターをかかえて
美津子と 二人半の子供のために
唄い始めた ・・・・・
♪ 僕とお前の 可愛い子供が 生まれたら
写真を見せて 言うんだ
これが パパとママの 若い頃の写真さ
どうだ? 今も 変わらないだろう...! と。
... 朝陽が もう さし込んでくる ...
お前だけを... お前だけを...
お前だけを 愛しているから...
夜が とても短かすぎて
愛を 語り尽くせない... ♪
♪ お前だけが by 伊勢正三
DJテントン「フローズンカクテル」
♪ お前だけが
《 DJテントンの出典情報 》
※ お前だけが
伊勢正三さんの「お前だけが」は、
1975年6月5日にリリースされた
「風」のファーストアルバムの12曲目
アルバムのトリを務めた曲です
作詞と作曲は、もちろん伊勢正三さんご本人です