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♪ スコール
1
東京駅14番線ホーム
ボクは大阪に向かう為にホームに上がってきた。
土曜日のせいか、子供連れの姿が目立つ。
これから田舎のおばあちゃんの家まで行くのだろうか?
サマにならないお出かけ服の息子を 新幹線の前に立たせ、
若い母親が 携帯のシャッターを切っていた。
「お撮りしましょうか?」
笑顔で近づき、ボクは2回ほどシャッターを押した。
若い母と その小さな息子は、2枚とも笑顔で携帯に収まった。
元々のボクは、自分から進んで こんな会話はしなかった。
他人は他人、自分は自分・・・
どこにでもいる普通の若者だった。
そんな普通のボクを変えたのは、25歳の時のこんな話だった・・・
2
軽いクレーム処理を任され、ボクは郊外の住宅地に来ていた。
10月の初めとは言え、スーツで歩くには まだまだ暑かった。
クレーム処理を終え、バス停で 秋の初めの太陽に包まれながら
1時間に3本しかないバスを待っている時だった。
「あの~・・・ あなたは・・・・」
初老と呼ぶには 未だ少し早いご婦人が、ボクを覗き込むように尋ねてきた。
「私・・・ 尚美の母です・・・
一中から西高に進んだ、横山尚美の母です・・・」
名前を聞いて、全てが10年前にフラッシュバックされた。
横山尚美は、中学の2年、3年の時の同級生で、
あまり目立たない子だった。
尚美のお母さんは、授業参観とか、体育祭などの行事の度に
ボクによく話しかけてくれたので、なんとなく思い出し、
今、面影がつながった・・・
「立派になって~」
ボクを懐かしむように眺め、目頭を赤くした。
「家、近くなの! 時間があったらちょっと寄って
尚美も喜ぶから」
ボクは促されるまま、お母さんの後に続いた。
3
尚美の家は、綺麗に区画整理された住宅のひとつだった。
玄関周りに車一台分のカーポートと小さな庭を持つ、
ごくごく普通の家だった。
「ただいま~」
明るく大きな声は、家じゅうに響いた。
「ちょっと待っててね」
彼女は 玄関にボクを残すと、2階へ駆けあがって行った。
2階から、話し声が聞こえる・・・
テンションの上がったお母さんの大きい声が
ボクが来たことを尚美に伝えていた。
「どうぞ~」
階段の上から、お母さんがボクを呼んだ。
いよいよ25歳の尚美との再会だ・・・
ボクの胸は、それなりに緊張していた。
4
お母さんに促されるまま、2階に上がり奥の部屋に入った。
尚美は・・・?
尚美は、写真になって ボクを迎えた。
「・・・・・・・」
「尚美は変わらないの・・・」
それまで陽気だったお母さんが、一転して泣き崩れた。
ボクの頭も軽いパニックを起こしていた。
落ち着こうとしても、自分が戻らなかった・・・
5
二人が冷静にお茶を飲めるまで、どれくらいかかっただろうか?
窓からの強い日差しも、優しい金色に変わっていた。
尚美の部屋には、ボクの写真や関係するものが多く残っていた。
「あの子は、あなたのファンでね・・・
毎日のように あなたの話を聞かされていたわ・・・」
当時のボクは、尚美に特別な感情は持っていなかった。
中学2年生から3年生の時のクラスメートで、
それ以上でも、それ以下でもなかった
「あの子はね、あなたが学校で どれだけヒーローだったか
私たちに毎日語り、毎日夢見ていたわ」
「あなたが県大会の決勝で敗けた時は、一緒に泣き、
あなたが全国模試で3番になった時は、大得意になっていたわ」
お母さんは、ワンセンテンス毎に言葉につまり・・・ 泣いた。
「この写真・・・」
お母さんは、机の上で笑う尚美の写真に振り向いた。
ボクもその写真を見あげた
海辺だろうか?
彼女は砂岩の山と水をバックに微笑んでいた。
赤いセーターを見ているうちに あの日にシンクロした。
「これは・・・」
ボクは、突然思い出した。
確か、高校2年のマラソン大会の時・・・
ボクと尚美は それぞれ違う学校に進学したのだが・・・
そう言えば、学園祭や 体育祭の度に 尚美がいたような気がした。
この時は確か・・・
マラソンが終わって、弁当を食べてた時に
突然 尚美が現れて・・・
それで せがまれて写真を撮ってあげたんだっけ・・・
「これが その時のアルバムなんですよ」
お母さんが、『マラソン大会 5月』とラベルの貼られた
可愛いフォトアルバムをボクに渡した。
そこには 電車の中で笑うボクや、友達とふざけるボク。
準備体操をするボクや、力走するボクが写っていた・・・
「あの子・・・ 学校のヒーローと同じ頭脳をくれなかったって、
別の高校にしか行けなかった事を、私にぶつけましてね(笑)
それでもあなたの事を、本当に一生懸命追いかけてました」
「この写真のあの子、楽しそうでしょう?
無理やり写真を撮らせちゃった!って、嬉しそうにしていたの・・・
あの子、本当にこの写真を大切にしていました」
「あの子は青春をかけてあなたを好きだったのだと思います・・・」
高校3年の時に事故で亡くなったという尚美の遺影は
マラソン大会の日にボクが撮った写真だった・・・
彼女の笑顔の先には、確かにボクがいた・・・・
6
そう言えば、母の実家に飾ってある祖父と祖母の写真もボクが撮ったものだった。
仲睦ましく寄り添うおじいちゃんと おばあちゃん・・・
おじいちゃんの胸には 天皇陛下から贈られた勲五等が輝いている
ボクは自分のアルバムをいくつか開いてみた・・・
ボクが撮ったポートレート・・・
誰もかれも 笑顔で見つめる先には
必ずボクがいた・・・
ボクは その日から少し変わった。
遊園地や観光地でお互いを撮り合ってる人たちに
進んで声をかけるようになった
「撮りましょうか?」
今では、それがボクの口癖になっていた。
7
今のカノジョを撮った写真・・・
とても気に入ってる
カノジョがボクを撮った写真・・・
とても気に入っている
お互いが、安心した瞳で 笑っているからだと思う
「何を笑ってるの?」
朝食を運びながら カノジョがボクに聞いた。
「今夜は遅くなるから」
腕時計をはめながらカノジョが声をかける。
「あなたはいつも笑ってるだけね・・・
それじゃ、行ってきます」
カノジョは軽くキスをすると 足早に家を出た。
いつもの変わらない光景だった。
さて、今夜は遅くなるらしいから
ボクはそれまでゆっくり寝ている事にしよう
柔らかな秋の朝陽がボクを照らした
ボクを覆っているガラスが 優しく反射した・・・
ボクは今
あの日の尚美のように
写真立ての中で永遠に微笑み続けている・・・
イメージBGM ♪ スコール(福山雅治)
DJテントン「フローズンカクテル」
♪ スコール